「「隠れ負債」はトータルで七〇〇兆円!
そこでつぎに、政府の「隠れ負債」についてうかがいます。
小林先生の本(小黒一正、小林慶一郎「日本破綻を防ぐ 2つのプラン」(日経プレミアシリーズ))によれば、年金の財源なども含めて考えると、財政支出はこれから雪だるま式に増えていかざるをえず、「隠れ負債」もどんどん増大していくとされています。これも大変、ショッキングな話です。
小林 隠れ負債。すなわち、現時点では借金になっていないものの、この先、何とかやりくりして集めなければならないお金が、結構あります。具体的に言うと、公的年金と高齢者医療の支払いですが、向こう五、六十年で必要になる金額は、現在価値に直せば七〇〇兆円になる。
橋爪 それは……、とてつもない金額です。
かりに、国債の発行残高がゼロで、財政のバランスも取れているという、とっても優秀な政府があったとします。でも、その国の人口構成が、今の日本みたいで、少子高齢化がどんどん進み、この先七〇〇兆円の支出が見込まれるとすれば、それだけでも大変なことです。
でも日本は、今でさえ政府の借金が積み重なっている。それなのにあと、七〇〇兆円とは。どう対応すればいいでしょう。
小林 税率を引き上げるか、約束している社会保障の州婦をカットするか。そのいずれかをやるしかないでしょうね。
橋爪 誰が考えたって、そうなりますよね。
小林 そうですね。かりに累積債務がなければ、二〇一五年までに消費税の税率を一〇%にし、それ以後は、プラス一〇%くらいの増税で対応できるのではないでしょうか。もちろん、累積債務があればそれでは足りませんが……。
(略)」
「どうする? 公的年金
橋爪 ところで、公的年金の仕組みは、すっきり一元化されているのでしょうか。
小林 公的年金には、自営業者向けの国民年金と、民間企業の従業員向けの厚生年金、そして公務員を対象とする共済年金の三種類があります。二〇一五年一〇月から厚生年金と共済年金は統合されますが、現状ではこの三つに分かれています。
このうち、国民年金と厚生年金の運営業務を行っているのが、日本年金機構という特殊法人です。ここが保険料を徴収して、年金受給者への支払いを行っています。年金保険料の積立金は一五四兆円あります(平成二五年度末)。この積立金は年金積立金管理運用独立行政法人)GPIF)が運用しています。
橋爪 なるほど。
年金という仕組みの、経済学的な性質が、いまひとつ理解しにくいんです。
(略)
小林 一般的な保険の売買と税の中間と言ってもいいと思います。
生命保険と同じような経済的な行為ですが、公的年金の場合、「予想外に長生きし過ぎて、生活するための貯蓄が足りなくなるリスク」に対する保険商品なのです。
しかし、他方でこれは、税金でもあります。若い世代からも保険料というかたちでお金を徴収しそれを高齢者へ分散している。言い換えればこれは、所得再分配をするための税金であると言っていいでしょう。
そもそも日本の場合、「公的年金とは、労働者の皆さんがお互い助け合うための保険ですよ」というフィクションから始まっているわけです。
橋爪 本当に保険であれば、政府は関係ないですよね。
小林 はい。純粋に保険として運用されていれば、政府は関係がありません。「労働者の支え合い」という理念も、フィクションではなく真実になる。ところが、年金基金の財政が苦しくなっていき、保険料収入だけでは賄えなくなってしまった。
このため国民年金については、支給分の半分を税収で補填する制度がつくられたわけです。こうなると、保険商品としての性格は薄れ、税金としての性格が濃くなってきた。今や、保険なのか税金なのかはっきりしない存在です。(略)」
「橋爪 私の解釈では、公的年金はやっぱり、税金の一種です。保険料を払わないでも済むという状況からすれば、本当の税とは言いにくいんですが、でも、保険商品と考えるよりは、税と見なした方が辻褄が合う。
というのも、公的年金の場合、「保険料の支払額がいくらだから、給付性がいくら」と
事前に約束されているわけではなくて、政府がその時々の都合で、政策的な判断によって給付額を決めている。しかも、年金危機が逼迫したら、税金で補填することも政府で決めているわけでしょう。
突き詰めれば、国民がいくら払い、いくら受け取るかを政府が決める仕組みですよね。それなら、保険商品というより、税と見なしたほうがすっきりする。
小林 これまで政府は「保険契約です」と言い続けていたので、保険料を多く支払った人に対しては、その分、年金も多く支給しなければならないというフィクションに縛られている面もあります。
しかし、日本経済が改善しなければ、厚生年金もいずれ税金で補填しなければならなくなるのは明らかです。にもかかわらず、経済的に豊かな人にも年金を手厚く支給するという仕組みを改められずにいる。
橋爪 厚生年金は今、積み立て方式ですか。
小林 厚生年金の場合、保険料から支給額を引いた残りを積み立ててはいますが、積み立て方式ではありません。保険加入者が、自分の積立口座をそれぞれ持っているわけではないのです。
このため、個人が支払った保険料を運用してその中から年金を支払うという形にはなっていない。つまり、他人の保険料や税金で年金給付を補填する賦課方式になっているのです。
橋爪 積み立て方式は、自分が積み立てた保険料を、自分が年金として受け取る海。政府は介入しなくても、労働者の自助努力でできるので、わかりやすい。
それに対して、賦課方式は、毎年集めた保険料を、誰にいくら配るか政府が決めるという考え方ですよね。このやり方では、保険料を支払う人と、年金を受け取る人は同じでなく、世代が異なる。なんだ、どんぶり勘定ではないか、という印象を受けます。賦課方式では、将来の見通しにも、政府は責任を持たなければならない。
(略)
小林 そうなんです。実際、政府の見通しが甘かったため、年金をあてにしている人がこれから増えていくのに、GPIFが保有する資産はほとんど増えていない。それどころか、今ある基金も食いつぶされて、おそらく二、三十年以内に基金は底をつくかもしれないと言われています。
橋爪 国債を発行する仕組みがパンクして、日本政府が破産するシナリオと、年金財政がパンクして、年金が支払えなくなるシナリオは別のことですね。
小林 はい、別のことです。
橋爪 とはいえ、国民年金にはすでに税金をつぎ込んでいて、近い将来には、厚生年金にもつぎ込むことになるとすれば、国家財政のやりくりと年金のやりくりが一体化する可能性が高いと思う。
小林 あり得る話です。
年金を清算するというアイディアもありますが、そんなことを政治家が言い出したら、たちまち選挙で落選してしまいますから、現時点では非現実的です。むしろ、なんとしてでも年金を破綻させまいとしてギリギリまで支え続けて、財政と一蓮托生となり、政府と年金が同時に破綻するというのが一番ありうるシナリオかも知れません。
(略)
橋爪 国民の納得がえられない、という理由で、年金を清算するというアイディアが実現できない。ならば、国民の納得を、えられればいいわけですよね!
橋爪 では、それについても、後でじっくりお話を伺うことにします。」