読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

国体論 ー菊と星条旗—

「第五章 国外護持の政治神学

     (戦後レジーム:形成期②)

ポツダム宣言受諾と国体護持

▼「国体護持」の実相

ポツダム宣言受諾の際、日本側が付けようとした唯一の降伏条件として「国体護持」が問題となったことはよく知られている。

(略)

 

 

この過程が意味深いのは、ポツダム宣言受諾の条件をめぐる連合国とのやり取りにおいて、戦争指導部は「国体」概念を客観化することを迫られているからである。(略)

 

 

ここにおいて、「国体」を実質的に意味する部分は、the prerogatives of His Majesty as a sovereign ruler であり、「天皇ノ国家統治ノ大権」と公式には訳されている。

つまり、「天皇が統治の大権を握る国家体制」が「国体」であり、ポツダム宣言受諾はこれをprejudice(「変更スル」—ただし、prejudiceという言葉は「損なう」という意味合いが強い)ことを意味するのであれば受け入れられない、ということだ。(略)

 

 

 

この部分は、ポツダム宣言に掲げられた連合国による占領の目的が達成された(ポツダム宣言一二項に言う「平和的傾向ヲ有シ且責任アル政府ガ樹立セラルル」)暁には占領が終結し、「最終的ノ日本国政治ノ形態」は日本の意思によって決定できるようになるのであって、連合国としては「君主制の廃絶」といったことを強要する意図はない、と解釈可能である(そして、日本人が天皇制の廃絶を望むわけがない)との主張が優越して、ポツダム宣言の受諾が最終的に決断される。(略)」

 

 

2「国体ハ毫モ変更セラレズ」

▼国体は護持されたのか?

これらの文言の解釈から降伏・占領・新憲法制定、さらにはサンフランシスコ講和条約の発効(占領終結)に至る過程に関して、「国体は変更されたのか、されなかったのか」をめぐって多数の論争が闘われてきた。(略)

 

 

 

そこで、首相の吉田茂は、五か条の御誓文を引き合いに出しながら、君臣一如の国である日本はそもそも民主主義国だったのであり、したがって新憲法によって国体は「毫モ変更セラレナイ」云々と論じ、憲法担当国務大臣金森徳次郎は、国体を「[天皇を]憧レノ中心トシテ、天皇ヲ基本トシツツ国民ガ統合ヲシテ居ルト云フ所ニ根底ガアル」と定義し、「水ハ流レテモ川ハ流レナイ」のと同じく、国民主権の体制になっても国体は変わっていないと答弁した。(略)

 

 

 

これに対し、美濃部達吉宮沢俊義ら有力な憲法学者たちは、新憲法にやって主権者が明白に変更されたことをもって、国体は変更されたとの論陣を張った。

 

 

▼禁じられた論点 ― 主権の所在

このように国体護持をめぐる論争は、主に「主権の所在」を中心的論点としてさまざまな立場から闘わされたのであったが、法学者の長尾龍一は、論争の構図を次のように整理している。

 

 

ポツダム宣言受諾から対日講和条約発効までの日本の法体制に関する法的構成は、占領体制を捨象して論ずる立場と、占領体制自体を固有の法体制となす立場とに大別される。以下前者をA説、後者をB説とよぶ。

 

長尾の見るところ、国体護持論争は論者の立場の見掛け上の多様性に反して、すべてA説内部での論争にすぎない。(略)

 

 

これに対してB説は、次のような論理構成をとる。

 

 

 

占領体制とはポツダム宣言憲法とし、マッカーサーを主権者とする絶対主義的支配体制である。新旧両憲法共にこの主権者の容認する限度でのみ効力をもち、主権者は両憲法に全く拘束されない。

 

 

主権者が法に拘束されるのが法治国家であるならば、日本は法治国家でない。日本国民の意思は議会や政府を通じて表明されるが、主権者はこれに拘束されず、これを尊重するのはあくまで恩恵である。民意による政治が民主主義なら、これは民主主義ではない。

 

 

 

A説とB説どちらに道理があるか、ポツダム宣言受諾の過程を見たわれわれにとっては明らかであろう。

天皇にせよ日本政府にせよ、はたまた日本国民にせよ、その国家統治の権限はGHQに「隷属する」という命題がポツダム宣言受諾の意味するところであった。

 

 

 

したがって、「主権の所在」を焦点とする国体護持論争は、そもそも存在しないものの位置取りをめぐって争う不条理な論争である、と結論されざるを得ない。(略)

 

 

 

しかも、A説は、GHQが新憲法の起草者は日本人であると偽装することによって支持を与えた立場であると同時に、B説は、占領下においてプレス・コードによって検閲され禁止された言論にほかならなかった。「本当の主権の所在」は、論じてはならないテーマだったのである。」