「O カントは18世紀から19世紀にかけて生きた人です。(略)フランス革命の同時代人であり、典型的な近代哲学者と言っていいでしょう。(略)
さて、カントは、ものすごく厳格なプロテスタントでした。生まれ育った家庭も、厳格なプロテスタントだった。しかし、カントの哲学は、神やキリストを前提にしていない。ここが中世の哲学者とはっきりと違うところです。(略)
つまり、カントは、神の存在をカッコに入れた上で、哲学しているわけです。しかし他方で、にもかかわらず、カントの哲学は、全体としてたいへんキリスト教的だと思う。(略)
つまり、「普遍化」のテストに合格する格率だけが、定言命法になりうる、というのがカントの論理です。(略)
カントは、他人を自分の道具や手段として(のみ)扱うことをたいへん悪いことだと考える。どんな他人であれ、相手が嫌な奴や悪人であったとしても、独立の人格として尊重しなくてはいけない。それが定言命法の核です。
ふつう世俗化と言うと、宗教の影響を脱することを言うわけです。しかし、キリスト教は、世俗化において一番影響を発揮するという構造になっている。そういう風になった宗教は他にはなかったんじゃないかな。
H なるほど、興味深いですね。(略)
O まったくそうですね。
H そうですけど、日本共産党とか革マルとか中核とか、数えられる部分もでしょう。それからシンパ。つまり、洗礼を受けていないけど教会に行きます見たいな感じで、党員じゃないけどカンパぐらいはしますという周辺層がいる。でも、一般の人々への広がりはごく限定的ですね。そのへんもクリスチャンと似ている。
都市部でも農村部でも、家庭教会が広がっている。朝鮮半島は北半分がマルクス主義を受け入れ、南半分がキリスト教を受け入れている。マルクス主義とキリスト教を込みで考えるならば、日本人はどちらも受け入れにくいという特徴がある。
なぜ、キリスト教のもとで、自然科学や社会科学が発達したか。芸術も盛んになったか。その答えが、ここにもあるのでは?と思いました。
〇「共産主義は宗教」という言葉を見つけました。
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これらの主義は宗教と呼ばれることを好まず、自らをイデオロギーと称する。だが、これはただの言葉の綾にすぎない。もし宗教が、超人間的な秩序の信奉に基づく人間の規範や価値観の体系であるとすれば、ソヴィエト連邦の共産主義は、イスラム教と比べて何ら遜色のない宗教だった。(略)
仏教も神々を軽視するが、たいてい宗教に分類される。」
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