読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

サピエンス全史 下 第十六章 拡大するパイという資本主義のマジック 

「だが経済の近「代史を知るためには、本当はたった一語を理解すれば済む。その一語とはすなわち、「成長」だ。」

 

「歴史の大半を通じて、経済の規模はほぼ同じままだった。(略)西暦1500年の世界全体の財とサービスの総生産量は、およそ2500億ドル相当だった。

それが今では60兆ドルあたりで推移している。さらに重要なのは、1500年には一人当たりの年間生産量が550ドルだったのに対して、今日では老若男女をすべて含めて平均8800ドルにのぼる点だ。どうしてこのように途方もない成長が起こりえたのだろうか?」


「わかりやすく説明するために、単純な例で考えてみよう。

カリフォルニア州エルドラドで、抜け目のない金融業者サミュエル・グリディー氏が銀行を設立したとする。

同じくエルドラドに住む、新進建設業者のA/A/ストーン氏は初の大仕事を終え、報酬として大枚100万ドルを現金で受け取った。そこでストーン氏はグリディー氏の銀行にこのお金を預ける。これで銀行には100万ドルの資金が出来たことになる。

ちょうどそのころ、エルドラドで長年にわたって料理人を続けてきたジェイン・マクドーナッツ夫人が、ビジネスチャンスありと感じていた。(略)
そこで彼女はグリディー氏に自分の事業計画を説明し、これが価値ある投資だと納得させる。


グリディー氏は彼女に100万ドルの融資を決め、グリディー氏の銀行にある彼女の口座に100万ドルが入金される。

さっそくマクドーナッツ夫人はベーカリーの建築と内装工事のために、建設業者のストーン氏と契約する。費用は100万ドルだ。

マクドーナッツ夫人がグリディー氏の銀行の小切手で代金を支払うと、ストーン氏はそれをグリディー氏の銀行にある自分の口座に入金する。
さて、ストーン氏の銀合口座にはいくら預金されているだろうか?
そう、200万ドルだ。

では、銀行の金庫に実際に入っている現金はいくらか?もちろん、100万ドルだ。
(略)

では今、ストーン氏の口座には、いくら入っていることになるだろうか?300万ドルだ。だが、銀行の金庫に実際に収まっている現金はいくらか?依然として100万ドルだけだ。

最初に預けた100万ドルがそのまま残っているにすぎない。
現在のアメリカの銀行法では、この行為をあと7回繰り返すことができる。すなわち、建設業者は、口座の残高を最終的に1000万ドルまで増やすことが可能なのだ_実際のところ、銀行の金庫には相変わらず100万ドルしか入っていなくても。」


「現実には、これは詐欺というより、人間の驚くべき想像力の賜物だ。銀行が_そして経済全体が_生き残り、繁栄できるのは、私たちが将来を信頼しているからに他ならない。この信頼こそが、世界に流通する貨幣の大部分を一手に支えているのだ。」


「このように、この仕組み全体が想像上の将来に対する信頼_起業家と銀行家が夢に描くベーカリーに対して抱く信頼と、建設業者が銀行の将来の支払い能力に対して抱く信頼_の上に成り立っている。」


「もう一度、ベーカリーの話に戻ろう。もし貨幣が有形のものの代わりにしかならないとしたら、マクドーナッツ夫人は店舗を建設できるだろうか?とても無理だ。今のところ、彼女が持っているのは大きな夢だけで、有形の資産は何もない。(略)店がなければマクドーナッツ夫人はケーキを焼けない。ケーキを焼けなければ、お金を稼げない。お金を稼げなければ、建設業者を雇えない。建設業者を雇えなければ、ベーカリーを開くことはできない。

人類は何千年もの間、この袋小路にはまっていた。」


〇ここを読んで、日本も、この袋小路にはまっているのでは?と思いました。
もちろんそんな単純なものではないと思いますが。

人を信頼できる社会であることが、大前提の仕組みです。
「真理は強制する」ということが現実になっている社会では、「白」を見た時、それを「黒」という人はいません。

でも、そうじゃない社会では、人が信頼出来ません。
そして、企業や組織で、「父と子」がかばい合い平気で嘘をつく社会。
嘘で世間を欺くのが良いこと、とされている社会でも、人を信頼することなどできません。

このグリーディ氏とストーン氏とマクドーナッツ夫人の世界は、私たちの社会では無理だと思います。

 

 

「この制度では、人々は想像上の財、つまり現在はまだ存在していない財を特別な種類のお金に換えることに同意し、それを「信用(クレジット)」と呼ぶようになった。この信用に基づく経済活動によって、私たちは将来のお金で現在を築くことができるようになった。

信用という考え方は、私たちの将来の資力が現在の資力とは比べ物にならないほど豊かになるという想定の上に成り立っている。」


「信用がそれほど優れたものなら、どうして昔は誰も思いつかなかったのだろうか?もちろん昔の人々も思いつきはした。(略)なぜなら彼らには、将来が現在よりも良くなるとはとうてい信じられなかったからだ。概して昔の人々は自分たちの時代よりも過去の方が良かったと思い、将来は今よりも悪くなるか、せいぜい今と同程度だろうと考えていた。」


「信用が限られていたので、新規事業のための資金を調達するのが難しかった。新規事業がほとんどなかったので、経済は成長しなかった。経済が成長しなかったので、人々は経済とは成長しないものだと思い込み、資本を持っている人々は相手の将来を信頼して信用供与をするのをためらった。こうして、経済は沈滞するという思い込みは現実のものとなった。」


「<拡大するパイ> そこに科学革命がおこり、進歩という考え方が登場した。進歩という考え方は、もし私たちが己の無知を認めて研究に投資すれば、物事が改善しうるという見解の上に成り立っている。 この考え方は間もなく経済にも取り入れられた。」


「1776年、スコットランド生まれの経済学者アダム・スミスが「国富論」(大河内一男監訳、玉野井芳郎・田添京二・大河内暁男訳、中央公論新社、2010年他)を出版した。国富論は、おそらく歴史上最も重要な経済学の声明書と呼んでもいいだろう。第一編第8章でスミスは次のような、当時としては斬新な議論を展開している。


すなわち、地主にせよ、あるいは職工、靴職人にせよ、家族を養うために必要な分を越える利益を得た者は、そのお金を使って前より多くの下働きを使用人や職人を雇い、利益をさらに増やそうとする。

利益が増えるほど、雇える人数も増える。したがって、個人起業家の利益が増すことが、全体の富の増加と繁栄の基本であるということになる。」


〇「国富論」という書名は知っていましたが、そのような考え方は、今回、初めて知りました。いわゆる「資本主義的考え方」については、私のように無知な人もたくさんいるのでは?と思います。


「実際のところスミスはこう述べているのに等しい_強欲は善であり、個人がより裕福になることは当の本人だけでなく、他の全員のためになる。利己主義はすなわち利他主義である、というわけだ。」


「そのためスミスは念仏でも唱えるように、「利益が拡大したら、地主や織屋はさらに働き手を雇う」という原則を繰り返し述べた。

「利益が拡大したらスクルージは金庫にお金を貯めこみ、取り出すのはいくら貯まったのかをを勘定する時だけ」ではいけないのだ。近代資本主義経済で決定的に重要な役割を担ったのは新しく登場した倫理観で、それに従うなら、利益は生産に再投資されるべきなのだ。」


「資本主義は「資本」をたんなる「富」と区別する。」


〇この新しい倫理観は全く知りませんでした。
でも、ここでもやはり、信頼感が問題になります。将来年金がどうなるかわからないのに…と。

 

「<拡大するパイ> 資本主義の第一の原則は、経済成長は至高の善である、あるいは、少なくとも至高の善に代わるものであるということだ。なぜなら、正義や自由やさらには幸福まで、すべてが経済成長に左右されるからだ。

資本主義に尋ねてみるといい。ジンバブエアフガニスタンのような所に、どうすれば正義と政治的な自由をもたらせるのか、と。


おそらく、安定した民主主義の制度には経済的な豊かさと中産階級の繁栄が重要であり、そのためにはアフガニスタンの部族民に、自由企業性と倹約と自立がいかに重要かを叩き込む必要があるということを、こんこんと説かれるだろう。」

 

「この新しい宗教は、近代科学の発展にも決定的な影響を与えてきた。(略)
逆に、科学を考慮に入れずに資本主義の歴史を理解することもできない。経済成長は永遠に続くという資本主義の信念は、この宇宙に関して私たちが持つほぼすべての知識と矛盾する。獲物となるヒツジの供給が無限に増え続けると信じているオオカミの群れがあったとしたら、愚かとしか言いようがない。」

 

「ここ数年、各国の政府と中央銀行は狂ったように紙幣を濫発してきた。現在の経済危機が経済成長を止めてしまうのではないかと、誰もが戦線恐々としている。

だから政府と中央銀行は何兆ものドル、ユーロ、円を何もないところから生み出し、薄っぺらな信用を金融システムに注ぎ込みながら、バブルがはじける前に、科学者や技術者やエンジニアが何かとんでもなく大きな成果を生み出してのけることを願っている。」

 

「<コロンブス、投資家を探す>  18世紀後期までは世界経済で最も大きな影響力を持っていたのはアジアであり、中国人やイスラム教徒やインド人に比べると、ヨーロッパ人が自由にできる資金は格段に少なかったことも思い出してほしい。」

「近代前期の非ヨーロッパの帝国のほとんどは、ヌルハチやナーディル・シャーのような偉大な征服者によって建国されたか、あるいは清帝国オスマン帝国のようにエリート官僚やエリート軍人によって建国された。

彼らは税金や略奪(この二つを明確に区別しなかった)によって戦争のための資金調達をしたので、信用制度に負うところなどほとんどなく、ましてや銀行家や投資家の利益などまるで気にもかけなかった。」


〇 日本もこちらだと思う。


「ヨーロッパ人の世界征服のための資金調達はしだいに税金よりも信用を通じてなされるようになり、それにつれて資本家が主導権を握るようになっていった。」


「イタリア、フランス、イングランド、そして再度ポルトガルを訪ねては、投資をしてくれそうな人に自分の考えを売り込んだ。だが、そのたびに拒否された。


そこで、統一されたばかりのスペインを収めるフェルナンドとイサベルに賭けてみることにした。コロンブスは経験豊かなロビイストを数人雇い、彼らの助けで、どうにかイサベル女王を説得して投資を承諾させた。

小学生でも知っているように、イサベルの投資は大当たりした。」


「100年後、君主や銀行家たちは、コロンブスの後継者たちに対してはるかに多くの信用供与を行うことをいとわなかったし、アメリカ大陸から得た財宝のおかげで、彼らの手元には自由にできる資金が前よりも多くあった。

同じく重要だったのは、君主や銀行家たちが探検の将来性にはるかに大きな信頼を寄せるようになり、進んでお金を手放す傾向が強まったことだ。」


「1717年、フランスが勅許を与えたミシシッピ会社は、ミシシッピ川下流域の植民地化に着手し、その過程でニューオーリンズという都市を建設した。その野心的な計画に資金を供給するために、ルイ15世の宮廷に強力なつてのあったこの会社は、パリの証券取引所に上場した。(略)


ミシシッピ会社は途方もない富と無限の機会が待っているかのような噂を広めた。フランスの貴族、実業家、都市に暮らす愚鈍な中産階級の人々がこの夢物語に引っかかり、ミシシッピ会社株は天井知らずに跳ね上がった。(略)


数日後、恐慌が始まった。投機家の中に、株価が実態をまったくは寧しておらず、維持不可能だと気づいたものが出たのだ。(略)


小口の投資家たちはすべてを失い、自殺した人も多かった。(略)


1780年代には、祖父の死によって王位についていたルイ16世は、王室の年間予算の半分が借金の利息の支払いに充てられ、自分が破産に向かって進んでいることを知った。


1789年、ルイ16世は不本意ながら、フランスの議会にあたる三部会を一世紀半ぶりに招集し、この危機の解決策を見つけようとした。これを機にフランス革命が始まった。」

 

 

 

 

 

「<資本の名の下に>  投資家の利益のためにおこなわれた戦争は、決してこれだけにとどまらない。それどころか、戦争自体がアヘンのように商品になりえた。(略)

だがロンドンの投資家たちは、この戦いは商機になると読んでいた。彼らは、ギリシアの反乱軍の指導者たちに、ギリシア独立債をロンドン証券取引所で発行してはどうかと持ち掛けた。」


ギリシア独立債の価値は、ギリシアの戦況に応じて上下した。(略)彼らの利益は国家の利益でもあるため、イギリスは多国籍艦隊を組織し、1827年にナヴァリノの海戦でオスマン帝国の主力の小艦隊を撃滅した。数世紀にわたる支配から、ギリシアはついに自由になった。(略)

ナヴァリノの海戦後、イギリスの資本家はリスクの高い海外の取引に以前よりも進んで投資した。もし海外の債務者が借金の返済を拒んだら、女王陛下の軍隊が、彼らの資金を取り戻してくれることが分かったからだ。


だからこそ、今日の国家の信用格付けは、その国が所有する天然資源よりも、その国の財政の健全性にとってはるかに重要なのだ。」

 

 

「<自由市場というカルト>  たとえば、政府が企業経営者に重税を課し、その税収を失業手当として大盤振る舞いするとしよう。この政策は有権者に人気が高い。

ところが、多くの実業家に言わせれば、政府はそのお金を彼らに持たせておいた方がはるかにいいということになる。自分たちならそのお金を使って工場を新設し、失業者を雇用するから、と彼らは言う。(略)


この考えに従えば、最も賢明な経済政策は、政治を経済に関与させず、加増と政府の規制を最低限にして、市場を自由にさせて、好きな方向に進ませればいいことになる。(略)


いちばん熱心な自由市場主義支持者は、国内の社会福祉制度を批判するのに劣らぬ熱意を持って国外での軍事作戦を批判する。禅の師が入門者に与えるのとまったく同じ助言を彼らも政府に与える。_「何もするな」と。」

 

「<資本主義の地獄>  市場に完全な自由を与えるのが危険だというのには、さらに根本的な理由がある。(略)


これは理論上は完全無欠に聞こえるが、実際にはすぐにぼろが出る。君主や聖職者が目を光らせていない完全な自由市場では、強欲な資本主義者は、市場を独占したり、労働力に対抗して結託したりできる。

ある企業一社が国内の製靴工場全部を支配下に置いていたり、工場主全員が一斉に賃金を減らそうと共謀したりすれば、労働者はもう、職場を変わることで自分の身を守れなくなる。」


〇ここで、「聖職者」という言葉が印象的です。聖職者はそういう役割も果たしていたのか…と。


「自由市場資本主義は完全無欠には程遠く、大西洋奴隷貿易はその歴史における唯一の汚点ではないことは、しっかり心に刻んでおきたい。(略)イギリス東インド会社には、1000万のベンガル人の命よりも利益の方が大事だった。

オランダ東インド会社インドネシアにおける軍事行動は、高潔なオランダ市民が資金を提供していた。

彼らは自分の子供を愛し、慈善団体に寄付し、上質の音楽と美術を愛でる人々だったが、ジャワ島やスマトラ島、マラッカの住民の苦しみは一顧だにしなかった。


世界の他の地域でも、近代経済の成長に伴う犯罪や不正行為は後を絶たなかった。」

 

「十九世紀になっても資本主義の倫理観は改善しなかった。ヨーロッパを席巻した産業革命は銀行家と資本所有者の懐を潤したが、無数の労働者を絶対的な貧困に追いやった。ヨーロッパ各国の植民地では自体はそれに輪をかけて悲惨だった。」

 

「ゴムを収穫するアフリカの村人のノルマは増えるばかりだった。ノルマに達しなかった者は、「怠け者」として残酷な罰を受けた。彼らは腕を切り落とされ、村人全員が虐殺されることもあった。

かなり控えめに見積もっても、1885年から1908年までに、成長と利益の追求と引き換えに600万人(今後の人口の少なくとも2割に当たる)の命が失われたとされている。死者の数は1000万人にも及ぶとする推定もいくつかある。」


〇現実に人間がやったことは、これからもやる可能性がある、ということだと思う。
その事実をしっかり受け止め(「自虐史観だと言って、なかったことにするのではなく)

忘れずにいて、それに歯止めをかける、もしくはその問題を解決する能力が自分たちにある、と考えられる時、自分たちの社会に誇りを取り戻せると思う。


「1908年以降、とりわけ1945年以降は、資本主義者の強欲ぶりには多少歯止めがかかった。それは共産主義への恐怖によるところが大きかった。

だが不平等は依然としてはびこっている。2014年の経済のパイは、1500年のものよりはるかに大きいが、その分配はあまりに不公平で、アフリカの農民やインドネシアの労働者が一日身を粉にして働いても、手にする食料は500年前の祖先よりも少ない。

農業革命とまったく同じように、近代経済の成長も大掛かりな詐欺だった、ということになりかねない。」

「紀元前8500年に農業革命で苦い涙を流した者もいただろうが、農業をやめるにはすでに手遅れだった。それと同じで、資本主義が気に入らなくても、私たちは資本主義なしでは生きていけない。」


「確かに明るい兆しはいくつか見えている。少なくとも、平均寿命、小児死亡率、カロリー摂取量といった純粋に物質的・身体的な物差しで測れば、2014年の平均的な人間の生活水準は、人口が飛躍的に増えたにもかかわらず、1914年よりも格段に改善した。」